沿革

2015.7

タイの指3本に入る大手CPグループ傘下のCPALL主催の経営者コースを受講することに!

世界2位(1位は日本)のセブンイレブン事業運営を誇るCPALL運営の学校に3ヶ月通うことに決心した。CPALL経営者との人脈を作りながらCPALL経営精神の知識も積極的に身につける。

2015.6

タイ一のiOS版の日タイ辞書アプリを誕生させた!

スマホ社会になってきたタイ市場ではユーザーから「j-doradic」のアプリ化の声が一杯あったので、それが最初のアプリ化に踏み切った。初アプリ制作なので、色々と苦戦したが、2015年の6月にようやく第一版のj-doradicのアプリを誕生させた。アンドロイド版は開発中。

2015.4

人のために尽くしたいという思いで会社設立に決心。株式会社ジェティビズ(JTBIZ CO.,LTD.)の誕生!

私は日本とタイの架け橋や両国のためだったら何でも尽くしたいと心から思い、会社設立に決心した。かつて日本を紹介する「j-doramanga.com」と日タイ辞書サイトの「j-doradic.com」をやっているようにやはり人のために役に立てたい。

2013.2

サイト創設7年目を迎える「j-doramanga.com」はハッカーに犯され、データが大損失し、サイト閉鎖に追い込まれる状況となった。

私を日本語学習者の中で有名にさせる収入源のサイトでもある「j-doramanga.com」はハッカーに犯され、半分以上のデータが損失し、悲しんでいながらもサイト閉鎖に決定せざるを得なかった。

2010.4

山ピーのタイ初コンサートの通訳で芸能界の仕事の道が開いた。

その後、福山雅治をはじめ、哀川翔やเทย เที่ยว ไทย(タイ一の旅番組)などタイと日本の芸能界からのコーディネートの仕事の依頼が殺到した。

2010.1

タイスポーツ業界にも進出!元日本サッカー代表のきっかけで。

当時タイ一のプロサッカーチームことムアントンユナイテッドが元日本サッカー代表の財前信之選手をとり、私を彼の専属通訳として採用した。ムアントンユナイテッドの運営会社であるタイ一のスポーツ新聞やスポーツイベント大企業のSiamsport Syndicate と海外雑誌のローカライズ版とイベントを主に事業としているInspire Entertainmentと長く仕事してきたお陰で、私をタイスポーツ業界と出版業界とイベント業界にも出世させた。

2009.5

タイ一の日タイ辞書サイト「j-doradic.com」を立ち上げ!

データベースの準備が順調に出来、無事に立ち上げた。タイに今までのない、各業界の専門用語が多いほか、検索機能やデザインもユーザーにやさしいので、日本学習者から注目が集まり、人気が一気に出始めた。

2008.5

日系IT企業を辞め、タイ人向けの日タイ辞書サイト「j-doradic.com」の立ち上げを準備!

日本語学習者はもちろん、通訳である自分がどうしてもタイにある日タイ辞書に満足できず、単語の多くてみんなが無料で使える辞書を作りたいと思い、辞書のデータベースをこつこつ作り、サイトの立ち上げに向けて準備に本格的に着手した。

2006.4

日系IT企業に通訳として就職が決まったと同時にタイ一の日本紹介サイト「j-doramanga.com」を立ち上げ!

日系IT企業で頑張っていながら日本で体験したことや日本語教育をサイトを通して教えて人気を博した。
当時タイの初めての日本ポータルサイトとして知られていた。

2006.3

日本からタイに本帰国

1年間の日本での留学を終え、タイに帰った。